King’s Diary

ある葬儀屋の日記です。創作です。

2228/09/23

ついに生まれた!マリーが元気な女の子産んでくれた!名前はアネットだ!

すごい!すごい!やったー!やったー!うれしい!うれしい!

すごい!すごい!やったー!やったー!うれしい!うれしい!

 

  書いててスゲェイライラするんだけど、こんなに嬉しいのに俺はどうしてこんなに表現できないんだろうって自分で自分が情けない。マリーから「毎日日記を書け、そうしないとあなたのマイクパフォーマンスはいつまでたってもへたくそのままだ」と言われたけど。こういうことだったのか。こんなに嬉しいことがあるのに、こんなにマリーに感謝することがあるのに、俺は何も伝えられない。何も言葉がかけられずにマリーの前で泣きじゃくるだけだった。俺は真面目に日記を書こうと思った。もうこんな情けない思いをしたくない。マリーはこんな俺のことを見て笑っていたけど。

2233/09/23

  幼稚園の先生にマリーと一緒に謝罪に行った。アネットが他の子を傘でボコボコに叩いたらしい。ただ、話を聞くと、アネットが幼稚園で「お前のお父さんは悪い奴だ」と散々他の子達にからかわれて怒ったアネットが暴れたという顛末だと先生から聞いた。幼稚園の先生は事情をよくわかっていて、止められずに申し訳ないと逆に謝られてしまった。さすがに悪いと思った。

  こういうことは今まであったのかと先生に聞いた。初めてらしい。早めに気づけて良かった。今まで俺は口汚く相手を罵って昔のヒールプロレスラーよろしく相手を煽り倒した。子供の頃の俺に似た子が喜んでいた。それで満足だった。でも、こういう形でアネットが困ることになると思っていなかった。

 

  帰り道にアネットが「お父さんは優しくていい人だよね!!あいつらおかしいよね!!」と聞いた。何も答えずうんうんとうなずくのが精一杯だった。アネットは俺のことを好きでいてくれるのは嬉しい。でもそれが理由でほかの子供と仲良くできずに孤立してしまうのは良くない。

  スタイルを変えるべきなのだろうか。

2234/04/01

  ヒールを辞めることになった。下剋上戦に負けて二部リーグに落ちてしまったからだ。そして俺は所属していた「Hell's Company」をリーダーからボコボコにされる形で追い出された。ヒールを辞めること自体は俺にとって都合がよいが、本当に自分が不甲斐ない。

 

  葬儀屋の遺族から「HEROもその格好で戦ったらかっこいいのに」と言われた。そうですかねと流そうとしたが、どうやらそういう映画があるらしい。表向きは仕立屋、しかしその実態は国家を守るスパイエージェント。今度観てみよう。表向きは葬儀屋、しかしその実態は国家を守るスパイ機関。事実は小説よりも奇なりとは言うが、小説や映画はそれはそれで面白い。一般人からはどう見えるか、どう見えるとカッコよく面白くなるのかという参考にできるかもしれない。

2240/06/09

  アネットが空から降ってきた。メリーポピンズという映画でこういうシーンを見た事があるが、実際に目の当たりにするとビビる。

「お父さんやったー!空飛べるよ、見てみて~!!」

  アネットが地面に足をついて嬉しそうに俺に駆け寄ると、閉じた傘をもう一度開いて掲げた。アネットは空を飛んだ。左手で俺にブンブン手を振っている。幸いまだ人は多くないので、空を飛ぶアネットに声をかけて、人のいない山でたくさん練習をしよう、それまでは危ないから能力を使わないようにと約束をした。今年の夏休みの予定が決まった。

  間違いない。アンブレラの能力が発動している。しかも俺よりもおそらく強い。アネットの性格からしてHEROになりたいと言い出したら反対しても止めることは不可能だ。アネットのこれからについてマリーと相談をした。マリーはこうなることを予想して、学校などへの根回し方法などシナリオを作っていたらしい。俺はHERO業にかまけて父親をおろそかにしていた。情けない。

2245/09/12

妻マリー・キングはかねてより病気療養中の処、薬石効なく
9月10日午後09時18分 45歳で永眠いたしました
ここに生前の御厚誼を深謝いたしますとともに謹んで御通知申し上げます
おって葬儀ならびに告別式は下記のとおり執り行います

マリーが死んだ。覚悟はしていたつもりだったけど全くできていなかった。アネットが大泣きした。俺も泣いた。こういうのを紺屋の白袴というのだとわかったところで何になるのだろう。俺が悲しいのもアネットが悲しんでいるのも、ただ葬儀の準備をして忙しくしたからといって消えるとは全然思えない。こんな時何を書けばいいのだろう。

 

そうだ、俺はアネットの事を考えないといけない。これからは俺一人でマリーのいない中、アネットを育てないといけない。高校への手続きも必要だ。アネットはHEROになるつもりだろうから、その準備もしないといけない。しかしよく考えたらどんなHEROになりたいかまったく聞いていない。とにかく話を聞こう。アネットの好きな焼きプリンを買って。アネットは最近焼きプリンが好きらしい。マリーから聞いた。

 

マリーがもういない。さみしい。さみしい。とてもさみしい。

 

2246/11/18

「お父さん、ペア組んでくれない?」

  アネットが突然そんなことを言い出した。兄弟・姉妹や夫婦のペアは偶に見るが、親子でヒーローのペアというのは今のところ無いから売り出すのに都合が良いということを熱心にプレゼンされた。しかし人気が出るかどうかは疑わしいとコメントを返した。まだ自分が二部リーグだから言うほど注目されていないこと(我ながら情けないと思っている)、そもそもアネットはHEROバトルの経験が無く、惨敗してしまったら人気はしぼんでしまうのではと懸念していたが、あまりプレゼンがよくできていたので却下するには惜しいと思ってしまった。

  アネットとペアであれば、少なくともおかしな輩からアネットを守りやすいし都合が良い。そういった意味でもアネットとペアを組むことにした。

 

 しかし、アネットのプレゼンは本当によくできていて驚いた。たまに会社に来る下手な営業よりもよほどこちらの事情や自分の目的が明瞭で、聞いていて納得感が高かった。…アネットは本当にHEROを目指しているのだろうか?HEROの中には事業を営んでいる者も多い(そもそも、私自身がそうだ)。実はアネットは事業に興味があるのかもしれない。少なくともあれだけのプレゼンができることを考えると、営業や社長業の筋がかなり良い。少なくとも私以上に才能がある。

 

  私はアネットにスパイ業を継がせるべきか、考えなければならない。私の代で終わらせることも視野に入れて。

2247/04/02

  俺をプロデュースしたいとアネットが言い出した。俺はとりあえずアネットのプレゼンを聞いた。

「『帰らぬ沈黙に花束を!umbrellaザビエル!!』…帰らぬ沈黙?どういう意味だ?」

「語感が格好いいから」

「言葉の意味は結局わからないが」

「そういうのを考えるのはお客さんがやってくれるから大丈夫」

「インタビューで質問が来たら?」

「私がそれまでに何とかする」

  それからアネットは私の傘の銘柄やスーツ、ワイシャツ・ネクタイ、靴に至るまでいちいち注文をつけて買い揃えてきた。以前キングスマンという映画を観たことがあるが、どうやらアネットもそれを観て良いと思ったらしい。正直、あれだけ傘で暴れてぶん殴ってた人間がこういう格好するのはどうだろうと思ったが、ブルーオーシャンを狙うべきというアネットの説得に従うことにした。あまり外見にこだわりが無く戦闘時に問題なければそれで良いと考えているが、それであればいったんアネットの好きにさせるのも悪くないだろう。実際どうなるか私自身も興味がある。しかし、人気が出るようにプロデュースするのも重要だが、肝心のバトルについての意見があまり出てこなかったのが気になる。まあ、経験が無いから出せないのかもしれないが。

   アネットがなりたいHEROは本当にスタジアムで戦うHEROなのだろうか?アネットは何を目指しているのだろう?

2247/04/05

「帰らぬ沈黙に花束を!umbrellaザビエル!!」

「絡みつく伏線を真実に!underplotアネット!!」

  アネットのデビュー戦、つまりUnbrellaとUnderplotのペアデビュー戦だった。アネットの能力の強さと経験の浅さがよく出ていた試合だった。初戦を白星で飾れたのは良いスタートだ。

  

  バトルに興味が無いのかと思っていたが、アネットは試合後にアビリティジムに向かった。能力を研究したいらしい。自分の弱点について理解をしているようだ。

  今のアネットは、空中に浮かんでも対空攻撃をされたら対処ができない。対空攻撃をする相手を私が地上で倒すというのが基本的なシナリオにはなるが、その場合対空攻撃をガードする相手をアネットがどうにかしないといけなくなる。ここに課題が在る。アネットも私も、それぞれが、そしてペアとしてこの課題に向き合わないといけない。試合後に課題を見つけてすぐに研究を行うのはHEROとしては当たり前のことだ。将来有望だと思うのは、親の贔屓目なのだろう。

2252/12/25

  HEROチャンピオンズリーグ第2位。それがザビエルとアネットのUコンビの今期最終成績だった。息のあった連携、そして成長著しいUnderplotアネット。それだけに、1位を取れなかったことが本当に悔しい。長いこと2部リーグで燻っていた身としては2位というのはあまりにもできすぎた順位だとは思う。それでも我々のペアは自分たちらしく最後まで戦うことができたと自負しているし、それだけにA戦を落として優勝を逃したのが悔しい。

 

A's beats King's

 

  号外新聞は栄光のトロフィーを手にしたAペアが雄叫びを上げている写真で飾られていた。Aペアおめでとうとは口にしたが、こんなに悔しいと言う気持ちが残るとは思っていなかった。アネットから「お父さんすごい青春してる」と笑いながら言われた。悔しいものは悔しいんだと言い返したが、なんだかどっちが親子なのかよくわからない気分になってしまった。

 

  アネットがケーキを買ってきてくれた。今日はクリスマスだからクリスマスらしいことを少しはしなよと言われた。葬儀屋のくせにこういう行事に無関心なのは確かに良くないと思い、七面鳥を買った。七面鳥もケーキも美味しかった。

2253/05/14

  アネットは本当にヒーローになりたいのか疑問だったが、今日の出来事でその疑問が少し解消された。

 

株式会社King's Aria 代表取締役

アネット・キング

 

「これは?」

「私とお父さんのHEROマネジメント事務所」

「初耳だ。会社登記はもう済ませたのか?」

「済ませた。とりあえず形だけだからまだ資本金は1円だけだけど」

「アネット。君はヒーローになりたいのか?会社を経営したいのか?」

「両方。ヒーローはアビリティーだけじゃやっていけないから、自分たちでなんとかできるように会社を作って経営しないとやっていけないと思う。引退したHEROのその後って、辛い目に遭ってる人いるんでしょ?」

  そういえば、年末のTV特番では引退したHEROのその後の人生を追ったドキュメンタリーが放送されていた。たいていは本人のアビリティには関係ない仕事を第二の人生として選択しており、苦労する様子がうかがえた。アネットなりに思うことがあったのかもしれない。そんなことを考えていたらアネットから聞かれた。

「お父さん。お父さんの会社の決算書が公表されてるけど、質問していい?」

「どうぞ」

 

  迂闊だった。固定資産と減価償却の不自然さをついてくるとは思わなかった。アネットに詰められた。会社において不正帳簿は絶対にあってはいけないと習ったのに、身内がこんなことをしているなんて情けなく恥ずかしいと。

  アネットに真実を打ち明けるべきか。隠し通して自分が汚名をかぶるか。迷ったが、後者を選んだとしてもアネットは到底納得しないし、結局「脱税をしている犯罪者の娘」という汚名をアネットが味わうのだとしたら、実質選択肢は無かった。

 

「アネット。断じて私は脱税などしていない。King's Roadの代表取締役としてこれだけは宣言する。だから今から私は真実を話す。ただし。これから私が話す事は絶対に秘密にしてほしい。私以外の誰にもしゃべるな。君の恋人、君の友人、誰にもだ。そして、この話を聞いたら、君がキングスロードの代表取締役に就任することを承諾したものとみなす。もちろん業務の引き継ぎは行うから、そこは心配しなくて良い」

「…は?何言ってるの?意味がわからないんだけど」

「だろうな。だが私はそうとしか言えないし、正直話したくないと思っている。アネット、君に身の危険が及ぶからだ。だが、私は君を信じることにした。君のHEROとしての能力は今や私よりも十分強い。それであれば、自力で火の粉を振り払うことができると信じてのことだ」

 

  アネットの顔から引きつった笑みが消えた。私が嘘をついていないのだと信じてもらえたらしい。どれぐらいの時間が経ったのか、私にはわからない。

  アネットが言った。

「話して」

私はこのキング家に代々伝わる会社のもう一つの顔と帳簿の真実をアネットに話した。

 

  こうしてアネットは3代目King's Road代表取締役とKing's Ariaの代表取締役になった。もっとも、もともとやりたかったのはKing's Ariaなのだから、そこはアネットの意志を組み、King's Roadについては私が会長としてもうしばらくマネジメントを行うつもりだ。まさかこういう形で引き継ぐことになるとは思わなかったが。

2256/10/04

  アネットが言った。

「お父さん、来週どっか夜空いていない?婚約者を連れて来るから」

  私に何か大事なことを伝えるときは、せめて事前に予告なり何か匂わせやらをしてほしいと散々伝えたのに、どうして君はいつもそう突然に言い出すのかと申立をした。だかアネットに「いやそれぐらいわかるでしょ」とあっさり片付けられた。婚約者のいる女性と婚約者のいない女性の見分けが私にはつかない。納得がいかない。

  仕方がないので空いている日を伝えてレストランを予約することにした。マリーの両親に挨拶をした時、高級レストランで食事をしたのは覚えているが、味がまったくしなかったことを覚えている。これを書いている最中、食事の最後にマリーと結婚したいと伝えたら「最初に話せ、味がしなかった」と義父に言われたことを思い出した。

  来週の食事会は美味しい料理が食べられるだろうか。あまり期待しないでおこう。

2256/11/03

 アネットが連れてきた婚約者の名前はルドルフ。薬剤師で子供好きだと聞いていた。実際に会ってみると表情がとても柔らかく、子供にも人気あるというのが少しわかる気がした。ただ、レストランで料理を味わうという目的は叶わなかった。

「アネットさんと結婚させてください!」

  着席して開口一番、ルドルフ君が大きな声で私に挨拶した。確かに私はアネットに「結婚の挨拶は最初に済ませたほうがいい、料理の味がわからなくなるから」とだいぶ前にそれとなくアドバイスをした記憶がある。だが、そういうことじゃない。もっとも私にも落ち度があった。レストランのウェイター、客という客がこちらを振り向いた。個室のあるレストランを予約しておけばこんなことにはならなかった。もっともウェイターも客も、その後の私達をジロジロ見ている様子は見られなかったので、それは幸いだった。

 

  ルドルフ君は相当緊張しているのがこちらからもわかった。ここで酒を勧めて悪酔いするとますますややこしくなりそうだから、酒は私も控えておくことにした。ルドルフ君はやや早口にアネットがいかに素敵かを熱く語った。そのどれもが私が知らないアネットだった。「それは猫を被っているのでは」と冗談交じりに返したところ、

「いえ大丈夫です!猫を被っていません!アネットさんを信じています!」

「むしろ私お父さんの前で被ってるんだけど」

と二人に返された。私にツッコむアネットはどことなく嬉しそうだった。

  それで私は二人の結婚を承諾することにした。すでに2人はしっかりとしたお互いの世界を築いていて、お互いがお互いを思い遣る関係性を築けているのだと思った。

 

  料理に関しては、デザートのカスタードプリンが美味しかったことしか覚えていない。だかそれ以上に大事なことは覚えているから問題はない。

2257/06/13

  アネットが結婚した。あいにくの雨模様だったが、参列者の方々は雨予報であることを知って「アネットの結婚式だし」と色とりどりの傘を用意してくれていたことに驚いた。参列者の皆が傘を差していく光景はとても美しかった。

  参列者の大半はアネットとルドルフくんの共通の友人で、人数も少しに抑えたと聞いていたが、グレイが居たのが意外だった。何回か仕事を変わってもらったことがあり、それからの付き合いらしい。まさか文字通りアネットのPinch-Hitterをしていたとは思わなかった。HEROバトル以外では接点が無かったので、交友を深める良い機会になった。

 

  お祝いだと酒をつがれそうになったが、そういうのはあの二人にしてくれとやんわり断りながらスローペースで酒を飲んだ。思った以上に色々な感情が押し寄せていた。式が終わってアネットが「私が手紙を読んでいる時、お父さん泣いてたでしょ」と言われたが必死で否定した。アネットからの席からは、はっきり涙を流しているのが見えたと言われた。泣くかもしれないと覚悟はしていたが、実際に娘からこうやってからかわれると、つい否定したくなる。

 

  二次会は二人の共通の友人が中心の会。誘ってくれたが、二人に遠慮して欠席の旨を伝えたのは正解だった。静かに紅茶を飲んで気持ちを落ち着かせないといけない。帰って引き出物のカステラをマリーに供えて、紅茶を飲んだ。落ち着いて幸せを噛み締めた。

 

  アネットからの手紙は金庫にしまった。つらいときはこの手紙を読むことにしよう。

2258/3/23

   アネットが最近調子が良くないので、もしやと思い聞いてみたが案の定だった。アネットが妊娠していた。そこで予定通り来期のHEROリーグの欠場届を提出すると伝えた。アネットにはまだ安定期ではないからと言われたが、どのみちこのまま安定期に入ったらHEROリーグどころではなくなる。アネットはHEROを引退するつもりは無いし、それであればわざわざ来期のためだけにペア解消&即席ペアを組むよりは、来期は欠場して再来期にアネットと出場できるよう供えたほうがずっと良い。そもそも即席ペアで簡単に1部リーグを維持できるほどHEROリーグは甘くない。

  アネットにも承諾を得て欠席届を提出した。

 

  しばらくして、風呂から上がってきたアネットから前言撤回と言われた。欠席届はもう提出してしまったと答えると

  「さっきの感謝取り消す、私の焼きプリン勝手に食べたでしょ、楽しみにしていたのに!!」

  とすごい剣幕で怒鳴られた。明日買ってくると詫びたが、名前を書かずに冷蔵庫にプリンを入れるというのは、スラム街で宝石を持ち歩くのと同じだ。悪いのは泥棒だが、一定の注意をしていないというそしりは免れ得ない。

2258/10/28

  ミッションの準備に時間を取られてしまい、ルドルフくんから「生まれました」というショートメッセージが2時間も放置してしまっていた。メッセージを見て慌てて病院へ向かった。看護師さんが笑いながら病室を案内してくれた。よほど慌てているように見えたのだろう。

 

  病室へ向かうと赤ん坊の大きな鳴き声が響いていた。

  アネットはベットに横たわっていて笑いながら私に手を振った。

  その横にいたルドルフ君が泣き腫らした顔を私に向けた。

 

  それで私は、「孫ができた」のだと芯から実感できた。

 

  そういえば名前をどうするか聞いてなかったのでアネットに聞くと「エミリア」という答えが返ってきた。

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「新婚旅行でイタリアに行っていたな」

「うん。そこの料理がすごく美味しくて、街の人達も親切で明るかった。そういう人になって欲しいってルドルフさんが言ってて、私もそう思った」

 

 

  アネットから、

「男の子だったらお父さんが出してくれた『トンヌラ』にしようかってルドルフさんと話していたんだけどね」

  と言われた。「子供の名前に私に気を使わないでいい」とメッセージを込めてダサい名前を提案したのだが、さすがに冗談だと思いたい。ともあれ、生まれてきたのが女の子で本当に良かった。

  私達が話している最中、ルドルフ君はずっと泣いていた。こんなに涙もろいとは思わなかったが、気持ちはよく分かるのでそっとしておいた。

 

そういえばアネットが生まれたときはどうだったかと思い、昔の日記を開いた。

ついに生まれた。マリーが元気な女の子産んでくれた!名前はアネットだ!

すごい!すごい!やったー!やったー!うれしい!うれしい!

すごい!すごい!やったー!やったー!うれしい!うれしい!

 

  今ならわかる。これで合っている。こうとしか書けない。

  ルドルフ君もこうとしか書き表せない気持ちだったのだろう。